狩野モデル(Kano Model)とは?-ソフトウェア開発と顧客満足度(CS)のつながり-│IT初心者のための基本ガイド

はじめに

ソフトウェア開発において「品質」とは何でしょうか?高機能であれば品質がよいと言えるでしょうか?たとえどれだけ高機能なシステムであっても、ユーザーが期待する価値を満たせていなければ、そのシステムは品質がよいとは言えません。ではどうすればユーザーが期待する価値を満たすことができるのでしょうか?

これから解説する狩野モデル(Kano Model)は、その使い方次第でこのような非常に悩ましく難解な問題を解決することができます。なぜなら、狩野モデル(Kano Model)はユーザーがソフトウェアに期待する価値を体系的に分類し、品質を向上させるための優れたフレームワークとして用いることができるからです。

第1章:狩野モデル(Kano Model)とは?

ソフトウェア開発においてユーザーが求めるものを正確に理解し、それを満たす製品を提供することはとても重要です。ここで役立つのが狩野モデル(Kano Model)です。

狩野モデル(Kano Model)は、1980年代に日本の品質管理の専門家、狩野紀昭教授によって提唱された顧客満足度理論です。このモデルは、製品やサービスの特性が顧客満足度にどのような影響を与えるかを分析し、製品やサービス開発の優先順位を明確にするためのフレームワークとなります。

また、この狩野モデル(Kano Model)は日本のみならず、世界中で広く採用されており、特に製品開発やサービスデザイン、品質管理の分野で利用されています。

たとえば、アメリカでは、テクノロジー製品やソフトウェア開発の分野で狩野モデル(Kano Model)が利用されるケースが多く、製品を市場に投入する前に狩野モデル(Kano Model)を活用して、ユーザーにとってどの機能が必要不可欠か、また、どの機能が付加価値を提供するかを常に分析しています。

「Apple」や「Google」といった世界有数の企業が、全世界のユーザーにとって魅力的な機能を次々と提供し、常にブランドロイヤリティと顧客満足度を高め続けている事実は皆さんもご承知のとおりですが、その裏では狩野モデル(Kano Model)が用いられています。

第2章:狩野モデルの概要

それではさっそく、狩野モデル(Kano Model)の概要について、具体的なエピソードを交えながらみていきましょう。
狩野モデル(Kano Model)では、製品やサービスの特性を以下の5つのカテゴリに分類します。

  • 当たり前品質(Must-be Quality)

基本的な機能や特性で、顧客が期待するものです。当たり前品質が欠けると、不満足に繋がりますが、存在していても特に顧客が満足するわけではありません。

ひとことで言うと?
ないと不満、あっても満足とならないもの

具体的なエピソード
Apple社は、スマートフォン開発において「当たり前品質」である基本的な機能、特にセキュリティやパフォーマンスに注力しました。例えば、Face IDやTouch IDといった高度な認証技術は、これまでユーザーがスマートフォンに期待する機能の一つでした。現在、これらの機能が欠けていれば大きな不満を引き起こしますが、期待通りに動作していても顧客を特別に喜ばせることはありません。しかしながら、Appleはこれらの「当たり前品質」を確実に提供しユーザーの信頼を獲得し続け、今なお業界リーダーとしての地位を維持しています。

  • 一元的品質(One-dimensional Quality)

機能の質が高いほど顧客の満足度が高まり、質が低いと不満足に繋がります。一元的品質は、機能が直接的に満足度に影響する要素です。

ひとことで言うと?
ないと不満、あれば満足するもの

具体的なエピソード
トヨタ社はハイブリッド車「プリウス」で燃費性能という「一元的品質」に注力しました。プリウスはその優れた燃費性能によって、エコ意識の高い消費者から大きな支持を受けています。燃費性能は向上すればするほど顧客満足度が高まるため、トヨタは燃費改善を続け、プリウスのブランド価値を高めました。結果プリウスは、エコカー市場で一番となり、トヨタの収益に大きく貢献しています。

  • 魅力的品質(Attractive Quality)

顧客が期待していないが、存在すると驚きや感動を与える要素です。魅力的品質があると非常に満足度が高まり、逆に無くても不満は生じません。

ひとことで言うと?
なくても不満にはならないが、あると満足するもの

具体的なエピソード
Tesla社は、自動車業界での差別化を図るために「魅力的品質」として自動運転技術を導入しました。これは、ユーザーが事前に期待していなかった革新的な機能で、初めて体験した人々に大きな驚きと喜びを提供しました。特に、Teslaの「オートパイロット」機能は、長距離運転のストレスを大幅に軽減し、顧客に予想外の満足感を与えています。この「魅力的品質」を強化することで、Teslaは単なる電気自動車メーカー以上のイメージを確立し、高級車市場でも顧客満足度を飛躍的に向上させました。

  • 無関心品質(Indifferent Quality)

顧客にとって、存在しても不満も満足も与えない要素です。つまり、顧客にとって重要でない機能です。このような無関心品質にリソースを割くことは、企業にとって得策ではありません。

ひとことで言うと?
あってもなくても不満も満足もない、要は関心がないもの

具体的なエピソード
Google社は、Pixelスマートフォン開発において「無関心品質」である一部の機能を意図的に軽視しました。たとえば、過度なデバイスデザインのカスタマイズ性や、スマートフォンケースの豪華さなど、一部の消費者にはあまり重視されない機能には注力しませんでした。Googleは、顧客の多くがこれらの要素に対して無関心であると判断し、リソースをカメラ機能やAI統合といった「期待される品質」に集中させました。このアプローチにより、Pixelはコストパフォーマンスが高く、機能に特化したスマートフォンとして市場での地位を確立するに至っています。

  • 逆品質(Reverse Quality)

その機能がなければ満足を与えるがあれば不満を与えるという、一般的な感覚とは逆の特性を持つのが逆品質です。

ひとことで言うと?
なければ満足、あれば不満になるもの

具体的なエピソード
Meta社は、Facebookの広告ビジネスを展開する中で、広告の過剰な表示が「逆品質」となり得ることを認識しました。広告が多すぎると、ユーザー体験が悪化し、顧客満足度を大幅に低下させることがあります。特に、重要なコンテンツの閲覧を妨げる形で広告が表示されると、多くのユーザーが不満を抱き、結果としてプラットフォームから離れてしまうリスクが高まります。この「逆品質」を避けるために、広告表示の頻度や場所を調整し、ユーザー体験を損なわないよう慎重にバランスを取っています。この戦略により、Facebookはユーザーの離脱を最小限に抑えつつ、広告収益を確保しています。

第3章:狩野モデル(Kano Model)の重要ポイント

ここまで狩野モデル(Kano Model)の5つのカテゴリをみてきましたが、このセクションではその中で必ず押さえておきたい重要ポイントを取り上げます。

  • 当たり前品質のリスク

当たり前品質は、存在して当然とされるため、いくら充実させてもユーザーの満足度が向上することはありません。逆に、欠けていると不満が生じるため、過剰に強化すると価値を提供できないのにコストだけがかかるといった「過剰品質」に陥るリスクがあります。
当たり前品質においては、必要な最低限の基準を満たすことに留意する必要があります。

  • 一元的品質のバランス

一元的品質は、向上させることでユーザーの満足度が直接的に上がるため、製品の競争力を高める上で非常に重要です。しかし、この一元的品質にばかり注力しすぎるとコストがかさみ、収益性が低下する恐れがあります。
一元的品質においては、適切なバランスを保ちながら品質向上を図ることが求められます。

  • 魅力的品質の短命さ

魅力的品質は、ユーザーに強い印象を与え、高い満足度を引き出す要素ですが、一度普及してしまうと、当たり前品質へと変化してしまうことがしばしば起こります。例えば、かつて魅力的品質であった「自動車のGPSナビゲーションシステム」も、現在では標準装備として当たり前のものとなりつつあります。
魅力的品質においては、定期的に見直しを行い、新たな付加価値を提供できるように心掛けることが重要なポイントとなります。

第4章:狩野モデル(Kano Model)と顧客満足度(CS)の関係

このセクションでは、狩野モデル(Kano Model)と顧客満足度の関係について考察します。狩野モデル(Kano Model)と顧客満足度の関係については、「当たり前品質」「一元的品質」「魅力的品質」の3つの要素で考えます。
顧客が求める当たり前品質(基本的なニーズ)に応えながら、一元的品質で競争力を高め、魅力的品質で差別化を図る、このバランスを保つことが狩野モデルの応用した顧客満足度(CS)の考え方です。

例えば、ソフトウェア開発において装備した機能が動かない(当たり前品質の不足)場合に、どれだけ優れた機能を追加しても顧客は満足しません。一方で、当たり前品質がしっかりと満たされている上で、一元的品質や魅力的品質を適度に提供することで、顧客の満足度は劇的に向上します。このバランスを理解し、常に顧客の期待を上回る開発を行えるようにすることが、狩野モデル(Kano Model)を応用した考え方になります。当たり前品質で顧客の期待に応え、一元的品質で競争力を高め、魅力的品質で顧客を驚かせる。この考え方が顧客の心をつかむ秘訣です。

Column:Evernote 創業者フィル・リービン氏の考え方
メモアプリで有名なEvernoteの創業者、フィル・リービン氏は、ユーザーの反応には「良い体験に対してYesという人」と「不満に対してNoという人」の2種類があって、Yesというユーザーは、魅力品質に価値を見出し、Noというユーザーは当たり前品質にこだわるといった趣旨のことを述べています。
フィル・リービン氏はその続きとして、狩野モデルを活用し魅力的品質に注力することで、Yesと言ってくれるユーザーに向けて製品を提供する重要性も強調しています。
とても含蓄と発見のある内容だと思います。

第5章:狩野モデル(Kano Model)の図解

このセクションでは、狩野モデル(Kano Model)の図解を提示します。図解のとおり、実際の狩野モデル(Kano Model)は、横軸に「機能の充足度」、縦軸に「顧客満足度」を置いた2軸のポートフォリオを用いて示されており、ここまで説明してきた当たり前品質、一元的品質、魅力的品質と顧客満足度の関係が一目瞭然で理解できるようになっています。

注:(狩野他, 1984)を一部改変

第6章:狩野モデル(Kano Model)でできること

このセクションでは、狩野モデル(Kano Model)でできることを2点取り上げます。

  • 機能の優先順位付け

狩野モデル(Kano Model)を用いることにより、どの機能が顧客にとって「必須」であり、どの機能が「魅力的」なのか、顧客の要望を明確にすることが可能になり、そこから正しく機能の優先順位付けをすることができるようになります。

  • 顧客調査の指針

顧客満足度を高めるためには、顧客がどのような要件を重視しているかを把握することが重要ですが、狩野モデル(Kano Model)を基にしたアンケートやヒアリングを行うことで、顧客が求める「必須(当たり前)機能」や「魅力的機能」を明確化し、開発の方向性を見定めることができるようになります。

第7章:狩野モデル(Kano Model)導入のポイント

このセクションでは、ソフトウェア開発に狩野モデル(Kano Model)を導入する際のポイントを解説します。

POINT1:顧客の声を収集する
まず、顧客からのフィードバックを集めることが重要です。顧客へのアンケートやヒアリングした内容を分析することで、顧客がどの機能を重視しているか、どの機能に満足しているか、あるいはどの部分に不満を抱えているかを把握します。

POINT2:品質要素を分類する
集めた顧客からのフィードバックを、狩野モデル(Kano Model)の5つの要素(当たり前品質、一元的品質、魅力的品質、無関心品質、逆品質)に分類します。このプロセスを通じて、どの機能が最低限必要か、どの機能が顧客満足度を向上させるかを明確にしていきます。

POINT3:開発を効率化する
狩野モデル(Kano Model)によって機能の優先順位と対応の有無を明確にするとともに、無駄な機能開発を避けることで開発を効率化します。

第8章:狩野モデル(Kano Model)によるアンケート方法

このセクションでは、狩野モデル(Kano Model)を活用する際のベースとなるアンケート方法について解説します。

STEP1:確認したい機能について、充足質問(ある場合)と不充足質問(ない場合)の2通りの質問を作成していきます。

  • 今回の開発に○○機能があるとどう思いますか?(充足質問(ある場合))
  • 今回の開発に○○機能がないとどう思いますか?(不充足質問(ない場合))

STEP2:それぞれの質問に対して、次の5つの回答選択肢を付けます。

  • とてもうれしい
  • 当たり前
  • なんとも思わない
  • 仕方ない
  • とても困る

STEP3:今回の開発に対して影響のあるステークホルダを特定し、各ステークホルダに対して同じ内容のアンケートを取ります。

STEP4:アンケート回答をもとに評価していきます。例えば、アンケートが上記のような回答だった場合は、顧客はその機能に対して「一元的品質」の要素として認識していると判断します。(下図参照)

注:懐疑的品質に該当した場合は、再度、質問と回答が正しく設定されているかを調べる必要があります。

第9章:狩野モデル(Kano Model)を要件定義に活用する

このセクションでは、具体的に要件定義に狩野モデル(Kano Model)を活用した場合の進め方を解説します。

STEP1:顧客のニーズをリスト化する

まず、顧客の明示的な要求(当たり前品質、一元的品質)と、顧客がまだ意識していない潜在的なニーズ(魅力的品質)を整理します。この段階では、どの機能が最も重要であるかを明確にするために、顧客へのヒアリングや市場調査を綿密に行います。例えば、顧客が「この機能が無いと困る」と感じる内容は当たり前品質に分類し、「この機能があると嬉しい」といった反応は魅力的品質に分類します。

STEP2:顧客にーズの優先順位を決める

顧客ニーズの分類ができたら、次は顧客満足度に直接影響を与える一元的品質と魅力的品質に注目し、これらの機能が確実に開発できるように優先順位を決めます。逆に無関心品質や逆品質にリソースを割くことがないように注意し、効率的に要件定義を進めていきます。

STEP3:反復的なフィードバックサイクルを設ける

要件定義が終わった後も、定期的に狩野モデル(Kano Model)を用いて顧客からのフィードバックを収集し、要件は適切なままか、さらに改善できる点はないかといった観点で、定義した要件を見直す機会を設けます。もし改善点が見つかれば、必要に応じて対応します。

第10章:狩野モデル(Kano Model)の注意点

ここまで解説してきたとおり、狩野モデルはソフトウェア品質を向上させるための強力なツールとなりますが、いくつか注意したい点があります。これらを理解し、適切な対応を心がけましょう。

  • 顧客の期待は変化する

顧客の期待は時間とともに変化するため、今日の魅力的品質が、明日には当たり前品質になることがあります。例えば、スマートフォンにおけるタッチスクリーンの導入はかつて魅力的品質でしたが、現在では当たり前品質と見なされています。そのため、定期的に顧客のニーズを見直し、狩野モデルの結果を更新することが重要です。

  • 逆品質の誤認

逆品質は、ある顧客層にとって不必要または不快な機能なのですが、別の顧客層にとっては魅力的品質となる可能性があります。例えば、若年層向けのアプリでは、インタラクティブな広告が受け入れられる一方で、年配層にとっては不満の原因になります。このため、顧客層を明確に区分し、各セグメントに応じた分析が求められます。

  • リソースの限界

狩野モデルを用いてすべての顧客ニーズに応えることが理想ですが、現実的にはリソースの制約が存在します。魅力的品質を追求しすぎると、当たり前品質や一元的品質の改善が疎かになってしまうリスクもあります。リソース配分のバランスを上手く保ちながら、顧客満足度の最大化を目指すことが重要です。

第11章:狩野モデル(Kano Model)を使いこなすためのヒント

このセクションでは、狩野モデル(Kano Model)を効果的に使いこなすための実践的なヒントを3つご紹介します。これまでの説明と重複する部分もありますが、順に確認していきましょう。

  • 定期的な顧客フィードバックの収集

顧客のニーズは時間とともに変化するため、定期的なフィードバックの収集と、狩野モデル(Kano Model)による分析結果の定期的な見直しが必要となります。特にアジャイル開発では、各スプリントの終了後に顧客からのフィードバックを取り入れ、狩野モデル(Kano Model)に基づいた改善を行うサイクルを継続することで、製品の品質を絶えず向上できるようになります。

  • 市場のトレンドを注視

顧客ニーズだけでなく、業界のトレンドや最新の技術にも目を向けることも重要です。新しい技術やユーザー体験が出てくることで、魅力的品質や当たり前品質が急速に変化することも、ケースとしてあります。

  • 顧客層に応じた品質戦略

すべての顧客が同じ品質を求めるわけではないため、顧客層ごとに異なる品質戦略を立てることも重要です。例えば、ビジネスユーザー向けのソフトウェアでは信頼性やセキュリティが重要視される一方で、一般消費者向けアプリではデザイン性や使いやすさが重視されます。顧客層ごとのニーズを分析し、最適な品質戦略の立案に努めたいところです。

まと

本記事では、狩野モデル(Kano Model)についてさまざまな視点から解説してきました。
ソフトウェア開発に狩野モデル(Kano Model)を正しく適用させることにより、顧客満足度(CS)を高め、競争優位性を確立することが可能であることがご理解いただけましたのではないでしょうか。

狩野モデル(Kano Model)は、その本質の理解の度合と用い方次第でとても強力なツールとなります。

この記事を通じて、狩野モデル(Kano Model)の本質を理解し、今後の製品・サービスの開発に狩野モデル(Kano Model)を取り入れることで、顧客満足度(CS)のさらなる向上を目指してください。

編集後記

ITの進化や顧客のニーズの多様化に伴い、狩野モデル(Kano Model)は今後も進化していくことが予想されます。
特に、データ分析やAI技術の発展により、顧客ニーズの変化をリアルタイムで把握し、迅速に対応できる新しい応用方法が登場する可能性が考えられます。
狩野教授の提唱したこの狩野モデル(Kano Model)は、この先も顧客志向の製品開発を支える強力な武器として、世界中で広く活用され続けることになると思います。

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